東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9855号 判決 1969年2月15日
原告 西川洋一
被告 日野自動車工業株式会社
主文
(一) 原被告間に雇傭契約関係の存在することを確認する。
(二) 被告は、金二、〇五二、七四六円を原告に支払え。
(三) 原告のその余の請求を棄却する。
(四) 訴訟費用は、被告の負担とする。
申 立
原告の求めた裁判
(一) 原告が被告に対し、労働契約の権利を有することを確認する。
(二) 被告は、原告に対し、金二、〇五二、七四六円及び昭和四三年一二月二四日から一ケ月金三四、七九〇円あてを毎月二三日限り支払え。
(三) 訴訟費用は、被告の負担とする。
被告の求めた裁判
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
主 張
原告の請求原因
(一) 被告会社は、従業員約六千名を擁して自動車の製造を目的とする株式会社であり、原告は、昭和三二年三月三〇日養成工として被告会社に雇傭され、昭和三五年四月本工に登用の上、日野工場生産技術部工機一課整備係に勤務していたが、昭和三八年八月設備課動力係に配転を受け、その後同係が工務部材料管理課出荷係に編入されたため、この出荷係に勤務していたものである。
(二) 被告会社は、昭和三八年一二月一六日、原告に対し、人事課人事係への配転を命じたので、原告がこれを拒否したところ、昭和三九年三月二三日、原告を同年四月二三日限り予告解雇する旨の意思を表示した。
(三) しかしながら、右解雇は、原告の思想信条を理由とした解雇であつて無効である。
(四) 又、原告に関する雇傭条件は、工員としての作業職種とするものであるところ、人事課における事務職種への配転には原告の承諾を要するにも拘らず、その配転に応じなかつたことを理由とする本件解雇は、権利濫用として無効である。
(五) 右のとおり、被告会社のした解雇が無効である以上、原告は今なお被告会社の従業員としての地位を有するものであるから、その雇傭関係の存在の確認を求めると共に、次のとおりの未払賃金並びに一時金の支払を求める。
(イ) 未払賃金合計金一、四四四、二〇五円(次表は内訳)
自
昭和年月日
至
昭和年月日
月額
計
39・4・16
40・3・16
41・3・16
41・11・16
42・3・16
43・3・16
43・12・16
40・3・15
41・3・15
41・11・15
42・3・15
43・3・15
43・12・15
43・12・23
円
一九、〇八〇
二一、八四〇
二四、七〇〇
二五、七〇〇
二九、二四〇
三四、七九〇
三四、七九〇
円
二〇九、八八〇
二六二、〇八〇
一九七、六〇〇
一〇二、八〇〇
三五〇、八八〇
三一三、一一〇
七、八五五
註(1) 昭和三九年四月一六日から未払となつている。
(2) 月額欄は、解雇なかりせば昇給したであろう金額を加算したものである。
(3) 最後の七、八五五円は日割計算による。
(ロ) 一時金合計金六〇八、五四一円
内訳
昭和三九年七月四日 金四五、〇二〇円
同年一二月五日 金四七、七〇〇円
昭和四〇年七月三日 金四七、一七〇円
同年一二月四日 金四三、六八〇円
昭和四一年七月九日 金五三、三五〇円
同年一二月三日 金五六、三五〇円
昭和四二年七月七日 金七〇、六八〇円
同年一二月八日 金七四、一〇〇円
昭和四三年七月七日 金八三、四五六円
同年一二月七日 金八七、〇三五円
註 右は、解雇なかりせば、原告が受けるべき一時金の金額である。
被告の答弁
(一) 原告主張の請求原因第(一)項の事実は認める。
(二) 同第(二)項の事実も認める。
(三) 同第(三)項の事実は否認する。
(四) 同第(四)項は争う。
一般私企業にあつては、使用者と労働者の間で、配置転換は行わない旨の特別の合意がない限り、使用者は自由に配置転換をなし得るものであるのみならず、採用の際、被告会社は事務職種等への異動を命ずることがある旨を原告に告知して採用したものであるところ、原告は、被告会社の配転命令を拒否し、就業勧告にも従わなかつたので、本件解雇に及んだものである。
(五) 同第(五)項中前文は争うが、(イ)・(ロ)の部分は金額を含め全て認める。
証 拠<省略>
判 断
原告主張の請求原因第(一)・(二)項の事実については当事者間に争いがない。
そこで、先ず、配転命令の効力について検討する。
被告会社が原告を工員として採用したものであることは、当事者間に争いのないところであるから、その雇傭契約における労働条件は、原告を作業職に従事する工員として取り扱う趣旨のものであつたといわなければならない。しかるに、被告会社は、原告に対し、事務職である人事課人事係に配置転換を命じたのであるから、それは正しく労働条件の変更に外ならないというべきである。従つて、労働条件の変更に関して特別の約束が存在しない以上、使用者がこれを変更しようとするときは、原則として労働者の承諾を得る必要があり、その承諾がない限り、使用者が一方的にこれを変更することは許されないものであることは明らかである。ところで、被告の全立証によつても、作業職種から事務職種への配転即ち労働条件の変更について、原告の承諾を要しないとする旨の被告会社と原告間の特別の約束が存在していたと肯認することのできない本件においては、原告が、被告会社の一方的な配転命令を拒否したからといつて、その拒否は、何等違法なものとはなり得ない。
とすると、配転命令に応じなかつたことを理由とする本件解雇は、原告に帰責せらるべきでない事由をもつてなされた解雇であつて、結局何等の理由のない解雇に外ならず、権利の濫用として無効なものと解するのが相当である。
右のように、本件解雇が無効であるとなると、被告会社は、解雇後の賃金並びに一時金等の支払義務のあることは明らかであるところ、原告の請求原因第(五)項の(イ)・(ロ)の部分については当事者間に争いがないから、昭和三九年四月一六日から本件の口頭弁論を終結した昭和四三年一二月二三日までの未払賃金は合計金一、四四四、二〇五円(昇給すべかりし日以後の差額賃金を、昇給によつて得べかりし差額賃金相当の損害として厳密に区別する必要はないものと考える。)、その間の一時金六〇八、五四一円の総計二、〇五二、七四六円が、被告会社から原告に支払うべき義務のある金員であるといわなければならない。
なお、原告は、昭和四三年一二月二四日から毎月金三四、七九〇円の将来の支払を求めているけれども、その終期は未定であつて結局その金額は不確定である(勿論その訴状に貼用すべき印紙額も未確定である)ばかりでなく、本判決の確定によつて、被告会社が将来の賃金を任意に支払う可能性もあり、必ずしも、本訴において将来の請求をなすべき利益が存することを首肯するに足りる資料は存在しないから、この点に関する原告の請求は理由がない。
以上の次第で、その余の点について判断を加えるまでもなく原告の本訴請求中、雇傭関係の存在確認を求める部分及び金二、〇五二、七四六円の支払を求める部分は理由があり、これを正当として認容すべきであるが、将来の賃金の支払を求める部分は理由がないから、これを失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉永順作)